2012年12月10日

狙われた裸

ゲスいタイトルである。
しかし本当に裸のときを狙われたのだから他に言いようがない。いや、本当はあるけど。

事件が起きたのは今から約9年前。まだ私とだんなが結婚する前のこと。
当時留学生だっただんなは、築約40年、4畳一間風呂なしトイレ共同という、窓の外には神田川が流れていそうなボロアパートに住んでいた。実際は窓の外どころか、窓が半分しか開かなかったので外はよく見たことがないが。

いかんせん古いのでアレがよく出る。アレってアレね、ゴで始まってリで終わるやつね。みなまで言わせないでね。字面見るのも嫌だから。
なのでラブラブお泊りの日でも、彼の腕の中ですやすや安眠とはいかなった。
枕元のスピーカーからガサゴソ、タンスの隙間からチョロチョロ。イチローとタイマン張れるくらいの高打率だった。
しかしだんなは全くアレを恐れない、というか頓着しない人なので、いても気づかない。こういうのって嫌いな人のほうが遥かに敏感なので、第一発見者はいつも私。
思うんだけど、アレを発見したときのショックを1回味わうごとに、確実に2日は寿命が縮んでいる。そのくらい心臓に悪い。

そんな古いアパートに、ある日もお泊りすることに。
その日は斜向かいにあるだんなの後輩の部屋に、マレーシア人たちが大勢集まってわいわい騒いでいた。
ちなみにアパートには外国人留学生しか住んでおらず、他の住人から咎められることもなかった。貧乏留学生はみな遊ぶ時間なんかほぼ皆無なので、たまにはいいでしょ、お互い様ねってことだったのだろう。

で、私もしばらくはその部屋にいたのだが、部屋着に着替えるために一旦一人でだんなの部屋に戻った。
さみーとか言いながら、ピチピチの肌を露わにし、着替え始める若かりし頃の私。言っておくが今はナウマンゾウみたいな肌にETみたいな体型である。食事中の方、失礼しました。
そして最後の一枚であるパンティーを脱いだところで、何かが私の視界をかすめた。
間違いない。
確信があった。
イヤでも視線がそちらにいく。
いた。なかなかの大物。
声にならない悲鳴。正確には「ぃっぃぃぃぃーー!!」
しかも、あろうことか、けっこうなスピードでこちらに向かってきている。

こうなるともうパニックである。自分で自分の動きをコントロールすることはほぼ不可能。
手にしていたパンティーを床に叩きつけ、腿を高く上げ、前ならえの状態の腕を小刻みに揺らしながらのドタバタ逃走劇。全裸で。4畳で。

そしてついに私の、狂犬病にかかったキョンシーの如きトリッキーな動きに恐れをなしたのか、アレがスピーカーの隙間へと消えていった。すかさずスピーカーから最も遠い玄関に避難。
だんなを呼ぶしかないのだが、怖くて服を取りにいけない。ケータイに至ってはスピーカーのすぐ近くでもう絶対無理。
何か体を隠すものはないかと半径30センチを見渡すも、あるのはボロ雑巾とビニール傘のみ。それでも何とかなるんじゃないかと、傘を広げ、中心にボロ雑巾を引っかけてみたりする。全裸で。へっぴり腰で。

そして、もう誰に見られても構わない、このまま後輩の部屋までだんなを呼びに行こう、と女20歳、一世一代の決心をしたとき、後ろでドアが開いた。だんなだった。

「なにやってんの」

うむ。正しい問いである。私も知りたい。自分が何をやっているのか。
しかしその時の私には答える余裕など全く無く、ただただ支離滅裂な言葉を繰り返しては、だんなにすがりつくだけだった。

その後だんなが消えたヤツを探してくれたのだが見つからず、後輩の部屋に戻った私は、大量の酒で恐怖心を何とか誤魔化してやっと眠りにつくことができた。

ちなみに玄関全裸エピソードは、だんなにより漏れなくマレーシア人全員に伝えられ、みんなの爆笑をさらった。とんだインターナショナル生き恥である。が、全裸を晒すよりはマシだったので良しとした。

それにしても、あんだけアレのいる部屋に泊まりに行ってたなんて、完全に愛と若さの成せる業である。今は無理。

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posted by しゃちま at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | だんな | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月08日

中華という神

忘れないうちに書き留めておきたいことがある。それはだんなへの愛と感謝。んなわけねー。
なにって、マレーシア大使館に結婚登記の手続きに行った時のこと。もうかれこれ8年も前のことなので風化しかかっているが、何とか思い出して書いてみる。

私たちは日本で結婚の手続きをしたのだが、この場合区役所とマレーシア大使館の二か所で結婚の登記をする必要があった。
まず区役所で婚姻届を出し、その後諸々の書類を持って大使館へ行く。

5月の良く晴れた日、さぁいざ最終段階だと気合を入れて渋谷にあるマレーシア大使館へ。まず窓口に行くと、これ書いてね、と申請書を渡される。申請書というか、これが婚姻届。
おぉ、これが・・・とか感心している私の横で、申請書を手に立ち尽くすだんな。
普段リアクションのほとんどない人だけど、さすがにここは母国の婚姻届を手にしてグッときてるのか、と思いきや、小さな声でこう言ったのだ。

「やっべ・・・全然読めねぇ・・・」

え、こいつ何言ってんの。
今度は私が立ち尽くす番だった。
が、せっかくの記念すべき日。怒ってはいけない。気を取り直し優しく聞いてみる。
「申請書が読めないってこと?どうして?」
「だってオレ、マレー語できないもん」

逆ギレである。が、キレられてもなす術がない。だって私も、マレー語できないもん、である。
爽やかな5月晴れのある日、しんと静まり返った大使館内で、一枚の紙切れを前に立ち尽くす2人の言語不自由者。

余談だがマレーシアにはマレー系、中華系、インド系など様々な民族が住んでおり、それぞれが違った言語を母語としているが、公用語はマレー語なので、フツーは中華系でもマレー語がある程度はできる。しかしごく稀に、だんなのように体育以外ほとんど赤点で、マレー語を日常でも全く使わずに生きてきた純粋培養アホ中華系がいるのである。

話を戻す。
いつまでも悩んでいても仕方がない。書かないことには結婚ができない。気を取り直して机に向かうだんな。名前や性別などの簡単な項目はなんとなく分かるらしく、何とか埋めていく。しかし、というかやはり、下のほうに行くにしたがって徐々に複雑な質問になってくる。
やがてどうしてもわからない項目が出てきて、しかたなく窓口に聞きに行くだんな。

「これって何ですか?」
「はいはい、えっと・・・あ、宗教ですね」
「宗教・・・」
「はい、宗教です。分かりますか?」
「あ、いや・・・はい。その・・・ちょっと・・・」
「宗教です。religion」

私には分かった。彼は”宗教”という単語が分からないのではなくて、自分が何の宗教を信仰しているのかが判然としないのだ。
たぶん、「うちには神棚があるけどあれはたぶん妈祖(道教の神様)だし、でもおばあちゃんは仏教徒だったし、オレはと言うと別に神様信じてな〜い、もう分からん」って感じだ。

しかし申請書には宗教の欄。何か書かねばと思った真面目な彼は、あのような煮え切らない態度で窓口のお姉さんをイラつかせている。

そしてお姉さんが何度目かに「宗教は?」と聞いたとき、ついにあの奇跡の瞬間はやってきた。

「中華です」

もともと静かだった館内の空気が、より一層静けさの密度を増したかのようだった。
しかし、確かに彼はそう答えたのだ。中華です、と。
お姉さんは明らかに、何言ってんだこいつって顔してる。当たり前である。
お姉さんがチラリと私を見る。おめー何とかしろってことだ。本当は心を野原に飛ばして小動物たちとキャッキャウフフと戯れたい気分だったが、仕方がないので出動する。

それからしばらくだんなと話して、本人が生気のない目で「じゃあ、仏教だと思う」と言い出したので、宗教の欄にはbuddhismと記入。本当なのかどうなのかは知らない。たぶん根が適当で、文字を読むのが嫌いな彼にとったら、もうどうでも良かったんだと思う。てゆーか前の日ゲームのしすぎで寝てないし、早く帰りたかったんだと思う。

その後もお姉さんの助けを借りながら、手続きは何とか無事終了。
帰りは感動的な言葉も、2人の未来についての話も一切無し。疲れ切って、通夜の後みたいな雰囲気で電車に揺られ、2人白目で帰路に就いたのでした。

なんのロマンもなかったけれど、あの日のことは一生忘れない。
今思えばいい思い出である。


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posted by しゃちま at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | だんな | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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